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こんにちは、マダムソムリエです。

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シャンパーニュ地方にあるランスへ、友人と日本人シェフの1つ星レストランで食事をしてから、フジタ礼拝堂に行きました。

◎レストランの記事はこちら→ランス1つ星レストランラシーヌ、日本人シェフの繊細で味わい深い一品

80歳を過ぎたレオナール=フジタ(藤田嗣治)が全身全霊で描いたフラスコ画は、とてもすばらしかったのでご紹介します。

ランスまでは、パリの東駅(Gare de l’Est)からTGV(フランスの新幹線)に乗って約45分なので日帰りの旅行ができて便利!

ランス駅からフジタ礼拝堂へ歩いて15分ほどなので、まずはその行き方をご案内しましょうね。

 

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ランス駅からフジタ礼拝堂までの行き方

ランス駅に到着すると駅前には、タクシー乗り場や市内を走るバスの停留所がありますが、フジタ礼拝堂は駅前から徒歩15分くらいのところにあるので歩きます。

駅を背に左へバイパス通りを目指して歩きましょう。

バイバス通りに出ると、右側に7階建てアパートが見えます。そうしたら黄色の矢印のように歩きます。

左側にノール墓地(Cimetière du Nord)の壁が続きますが大丈夫。まっすぐ歩きましょう。本当にフジタ礼拝堂があるのかしら、と私も何度も疑いました。

シャンパンメーカーが左右に並ぶ通りに出ます。左側にシャンパンメーカーのマム(G.H MUMM)社があります。社長のルネ・ラルー(René Lalou)は、物心両面でフジタを支え、おかげで彼はマム社の敷地内に小さな礼拝堂を造ることができました。

きっと彼も、毎日この通りを歩いて礼拝堂に向かったはず、と思いながら歩き進むと着きました!

「フジタ礼拝堂」と呼ばれていますが、正式にはノートルダム・ド・ラ・ペ教会(Chapelle Notre-Dame-De-La-Paix)という名前です。ツグハル・レオナード・フジタの作品であると明記されています

フジタ礼拝堂の建設が始まったのは1965年です。建築家はモーリス・クロジエ(Maurice Clauzier)、ステンドグラスはシャルル・マルク(Charles Marq)、金属装飾と彫刻はマクシム・シケ(Maxime Chiquet)とアンドレ兄弟(les Frères André)が製作、と当時の一流職人が顔を合わせました。壁画はフジタが描きました。

それでは、中に入ってみましょう。

 

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小さいけれど個性的な外観

門に入るとすぐに、イエス・キリストが子どもの姿で十字架を支えている彫像が迎えてくれます。フジタは何度もスケッチを書き直したそうです。

建物の外観は小さいけれど個性豊かな印象を持ちました。風見鶏の下に鐘が二つ並び、正面の壁も面白いデザイン。

入り口を囲む石の文様にロマネスク様式風の扉とまさに個性的。中に入ると左側にチケットを購入する受付があります。

フジタの魂が宿る一面のフレスコ画

1966年6月3日に、フジタは礼拝堂内部でフレスコ画に描き始めます。フレスコ画は漆喰を塗った壁が乾ききらないうちに素早く描かなければならないため、失敗が許されません。しかも細い筆で描くので集中力がとても必要です。しかも季節は夏。描く壁は200m2と広く 制作にとても苦労したと思います。

しかし、その壁に向かって毎日12時間描き続け、8月31日に完成とわずか3ヶ月で仕上げました。80歳の画家の初めての挑戦とは、その情熱に驚くばかりです。

礼拝堂入り口正面の壁には3つの場面が描かれています。(作品の説明はパンフレットを参考にしています)

王座のキリスト」 梁の上部にキリストの膝の上に子羊が置かれ、福音書記者に示す4つのの動物に囲まれいる様子が描かれています。

エリザベートの訪問」 左が聖エリザベート、右が聖母マリア。

またその両脇に見えるステンドグラスは、広島をモチーフに戦争の悲惨さを表しています。

musees-reims.fr

キリストを抱く聖母マリア」 

ドーム型の奥に平和の聖母が2組の女性グループと子どもたちを祝福、守る様子が描かれています。向かって右側の2人目の黒髪の女性が、マダムフジタだそうです。

キリストの降誕」 

影になった写真ではっきりしないのが残念ですが、青色の美しさが印象的でした。左右のステンドグラスも美しい。

十字架を背負うキリスト」 

今まで見たフジタの作品とは違った迫力ある作品だと思いました。青に金色が映える。

最後の晩餐

部屋の右側にある半ドーム型の天井に描かれています。 そしてこのドームの下にフジタ夫妻が眠っています。

葡萄を収穫する聖母

シャンパーニュ地方にふさわしく、キリストを抱いた聖母がシャンパンの樽の上に座っています。背景にぶどう畑が広がり大聖堂が見えます。聖母を樽の上に座らせるとはかなり大胆なアイデアだと思いました。

死の舞踏

15世紀ごろにヨーロッパに広まった寓話をモチーフにしたステンドグラス。この礼拝堂のステンドグラスを制作したシャルルは、ノートルダム大聖堂のステンドグラスも制作しています。

 

旧約聖書を題材にしたステンドグラス。天地創造、アダムトイブやノアの箱舟、あとは何かしら。。

七つの大罪

フジタが乳白色で描く表情には、人間の持つ貪欲さがよく表れていると思います。

キリストの磔刑

musees-reims.fr

作品の向かって右側のすみに、フジタはレネ氏と並んだ自分自身を描かいています。

 

なぜフジタはランスに礼拝堂を造ったのか

なぜフジタが、わざわざランスで礼拝堂を建設することになったのでしょうか。その前に、日本人のフジタが、なぜランスでカトリックに改宗し洗礼を受けることになったのか、私はこんな風に考えました。

まず、フジタはパリのモンパルナスで画業を積んでいたころから、大聖堂や宗教画の熱心な愛好家でした。

そして、イタリアルネサンスの彫刻家ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo Buonarroti) やレオナルド・ダ・ヴィンチ(Léonard da Vinci)の作品に大きな影響を受けていました。フジタは改宗後、レオナルド・フジタ(Léonard Foujita)と改名したほど特にダ・ヴィンチに心酔していました。

フジタはイタリアルネッサンス美術に造詣が深いでしょうから、おそらく、カトリックにも関心があったはずと思います。

最後に、なぜランスなのかといえば、ランスはローマ・カトリックととても深い関わりがある街だからです。

5世紀、フランク国王クロヴィス1世は、ランスのノートルダム大聖堂で戴冠式を行います。当時多くの市民は、キリスト教異端派のアリウス派を信仰していましたが、クロヴィス1世のカトリックへの「改宗」によって、フランスとローマ・カトリックの関係が深まったといわれています。

以後歴代フランス国王の戴冠式は、共和制になるまでランスで行われました。フランスカトリックの聖地のようなランスで改宗、洗礼を受けよう、とフジタが考えても不思議はないでしょう。

1959年、フジタはランスのサン=レミ聖堂でカトリックに改宗するとそこで洗礼を受けました。洗礼に立ち会ったレネ・ラルー氏(René Lalou) は、後にMM社の敷地にフジタ礼拝堂を建設するための資金を提供することになります。

 

まとめ

藤田嗣治(1886-1968)は、第一次大戦前からフランスで画家として活躍。日本画の技法に油彩画を取り入れた「乳白色の肌」と呼ばれる裸婦像などをを描いてパリの画壇で大きな評判を呼びました。

その後2度の大戦を経て、故国日本からフランスに戻ったフジタは、戦争の悲惨さを身にしみて感じたのではないでしょうか。だからこそ、フジタは礼拝堂を平和の聖母に捧げ、穏やかな平和を強く望んだのだろう、と私はこの小さな礼拝堂を訪ねてそう思いました。

ところで、この礼拝堂で描かれたフレスコ画とステンドグラス用のスケッチなどがランス美術館で常設展示されています。私は早速この美術館まで足を伸ばしましたが、「作品の撮影は禁止です」と係員言われ、残念ながらここでご紹介できませんでした。展示されている作品はとても面白いです。

フジタ礼拝堂のフレスコ画に興味を持った人は、ぜひランス美術館へ行くことをお勧めします。フジタ礼拝堂のチケットがあれば、翌日まで無料で入場できるのでおトクですよ。

33 rue du Champ de Mars 51100 Reims

La Chapelle Foujita(フジタ礼拝堂)

tel:03 26 35 36 00

開館時間:5月2日から9月30日まで毎日・10時-12時/14時-18時(昼休み時間あり
休館日・火曜日、7月14日
10月1日から4月30日まで、団体(20名以上)のみ要予約

入場料:一般 5ユーロ(ランス美術館入場可) / 18-25歳まで 3ユーロ 

 

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