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チュイルリー公園

 

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こんにちは、マダムソムリエです。

昔からジェーン・バーキンのファンである夫から、「セルジュ・ゲンスブールの家の壁が面白いよ」と言うので、行ってみたらホントにそうでした。

場所は7区。周りが石造りの建物が並ぶなか、ゲンスブール家の壁が遠目からも不思議な感じでした。

 

物議をかもし出す作詞・作曲家

セルジュ・ゲンスブールは、1950-70年代にフランスで大活躍した作曲家、作詞家、俳優に映画監督とマルチな才能を発揮した人。

1958年 Le Poinconneur des Lilas(リラの門の切符切り)で歌手デビュー。1965年にPoupee de cire, poupee de son(夢見るシャンソン人形)の大ヒットで名声を得ます。彼の反体制的な歌詞は、若い世代からの支持を一層広げ1970年代までフランスのポビュラー音楽で伝説的な役割を果たします。

その歌詞には、ダブルミーニングといわれるほどの言葉遊びが多く使われ、特に、性的な内容を隠喩で露骨に語った歌詞は物議をかもし出すこともありました。

 

華麗な女性関係

セルジュ・ゲンスブールの名声は、作詞や作曲家としての活動よりも数々の美人と浮名を流すスキャンダルの方が大きいとまで言われています。

関係のあった女性に、フランス・ギャル、アンナ・カリーナ、ブリジット・バルドー、ジェーン・バーキン、カトリーヌ・ドヌーヴ、バネッサ・パラディなど美女ばかり^^

映画「ゲンスブールと女たち」を見ると、彼のモテモテぶりがよくわかります。

 

最初の妻が、あの画家サルヴァドール・ダリの愛人だっとは驚きです。バルドーといい仲になったときには、バルドーの夫から激怒されて別れたとか(苦笑

その後、ジェーン・バーキンとは事実婚をし、娘シャルロット・ゲンズブールをもうけましたが、結局は別れたことをセルジュはとても後悔したそうです。

 

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いつか一般公開されたらうれしい

1991年に心臓発作で他界しましたが、今でもファンの人たちは、埋葬されたモンパルナス墓地ばかりか、この家にも訪れます。

この家には、1969年から1991年まで、ジェーン・バーキンと住んでいました。


彼が亡くなると、ファンたちが壁にさまざまな絵や文字で追悼の意を表しました。
その後、白い壁に塗り替えられるのですが、不思議とまた新たな絵や文字で埋め尽くされる、とのいたちごっごに。

5 bis rue de verneuil 75007 paris

住所:5 bis rue de Verneuil  75007  Paris

数年前、娘シャルロットが、この自宅を父親の個人美術館にするべく奔走しましたが、まだ実現されていません。

自宅は、当時のゲンスブール一家そのままの状態だそうで、もしかしたら、彼のタバコの吸殻までも部屋に残っているかも。いつか一般公開してくれたらなあと思います。

 

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